仏陀が訪れた16カ所の聖地

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仏陀が訪れた16の聖地

歴史書によれば、仏陀は過去3度に渡りスリランカを訪れたとされています。一度目の訪問は、仏陀が悟りを開かれてから9ヶ月後のことです。その場所は、ウバ地区にあるマヒヤンガナという村でした。現在でもマヒヤンガナには古いお寺と改修された仏塔が残されています。

二度目の訪問は、悟りを開かれてから5年後のことで4月の満月の日でした。仏陀はスリランカ北部のジャフナ半島にあるナーガディーパを訪れました。

三度目の訪問は、悟りを開かれてから8年後のことです。5月の満月の日にケラニヤを訪問されます。仏陀はケラニヤのナーガ王の招待によって訪れます。ケラニヤはコロンボ近郊にあり、現在でも美しい寺院を見る事ができます。歴史的な物語によると、仏陀は三度目の訪問の際にケラニヤ他13の聖地を訪問されました。この地はスリランカの年代記『マハワンサ』にも記されています。
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スリランカのカトリック聖地

スリランカの仏教

仏教の広がりはインドの北部に限られたものでしたが、アショーカ王の時代になると瞬く間に広がって行きます。血なまぐさい征服を繰り返し広大な帝国を手にしたアショーカ王は、憐れみ深い仏陀の教義を倫理として受け止め、その後は永久に戦争をやめる事を誓い、すべての人生と多大な資本を投じて仏教の普及に専念しました。その結果、仏教はくまなくインドに広がったばかりか、近隣諸国にまで及んでいきました。

アショーカ王が残した最も偉大な業績は、その息子マヒンダ王子とサンガミッタ王女が率いた使節団をスリランカへ送ったことでした。スリランカ最古の都市アヌラーダプラは、仏陀が悟りを開かれた菩提樹の分け木をそこに植えたことから、仏教巡礼者の主要な巡礼地となりました。その後、長年にわたって仏歯や貴重な仏陀の遺品がスリランカへと分かり、これらはやがてスリランカの王たちの貴重な所有物となりました。

紀元前1世紀には世界で初めて、それまで口承されていた仏陀の教義を文字として記した『ティピタカ(パーリ語教典)』がスリランカの僧侶たちによって書かれます。文字として残す事で、仏陀の教義は普遍で真正なものとなったのです。

アヌラーダプラに位置するマハー・ビハーラやアバヤギリ大塔はインドのナーランダに匹敵するほどの仏教を学ぶ為の主要な教育施設であったとされています。2千5百年以上が経過した現在でもこれらの寺院はインドにおける仏教の聖地と同じように重要な地であると考えられています。また、スリランカは純粋なテーラワーダ仏教の源であると見なされています。

仏陀が訪れた16カ所の聖地

スリランカにある仏陀が訪れた16カ所の聖地はSolosmasthana(ソロスマッサーナ)と呼ばれています。これら全ての場所は数世紀までさかのぼる考古学的な遺跡です。ほぼ全ての遺跡は、単に考古学的遺産として考えられているだけではなく、現在も活発に活動している寺院でもあり、毎日何百人もの仏教巡礼者がこれらの寺院に訪れています。

ヤートラ・トラベルズでは、仏陀の訪れた16の聖地を含む『仏陀の足跡』を辿る旅行プランを企画しています。これらのツアーでは、仏陀の教義と歴史的な遺跡について熟した経験豊かなガイドがご案内します。

Mahiyangana —マヒヤンガナ—
仏陀は悟りを開かれて9ヶ月目にあたる1月の満月の日ドゥトゥル・ポーヤに初めてこと地を訪ねられました。仏陀はこの地に住む2つの氏族間の論争を鎮めるために訪れたとされています。スリランカで最も大きな河、マフはウェリ川沿いには仏塔が建てられており、ここで仏陀は説教を行われたとされています。

残されている古い文章によれば、仏塔は仏陀の髪の毛を保存する為に建てられたとあります。その後、サラブという僧侶が仏陀の首の遺骨をここに奉り仏塔を拡大しました。2世紀と3世紀にはそれぞれ、ドゥトゥゲムヌ王、チュラーバヤ王が更に仏塔を拡大したとされています。

当時の仏塔は荒れ果ててしまったものの近年に復元され、仏陀が悟りをひらいた菩提樹の分け木スリー・マハー菩提樹の最初の8つの種のうちの1つが、ここに植えられたと伝えられています。仏陀が初めて訪れたスリランカの地で、2千年以上に渡り仏教徒の聖地とされています。

Nagadeepa Purana Viharaya —ナーガディーパ寺院—
ナーガディーパ寺院は、ジャフナ半島にあります。スリランカの年代記によると、仏陀は悟りを開かれてから5年後、チュローダラ王とマホーダラ王、二人の王による宝石で飾られた王座を巡る争いを解決するためにスリランカへ訪れました。問題が仏陀によって解決されると、王座を守る為に仏塔が建てられました。この寺院は船に乗って訪れることができます。

Kelaniya Raja Maha Vihara —ケラニヤ寺院—
ケラニヤ寺院はスリランカの首都スリジャヤワルダナプラコッテの近郊にあります。歴史書によれば、仏陀は悟りを開かれてから8年後の5月の満月の日ウェサック・ポーヤにケラニヤのナーガ王の招待によって訪れます。宝石で飾られた王座に座り、仏陀が王に対して教義を説かれたとされています。この王座はヤタラティッサ王によって建てられた仏塔の中に奉られています。毎月1月には華やかに着飾った象たちが列をなし、スリランカの伝統舞踊が披露されるペラヘラ祭りが行われます。

Sri Pada (Adam’s Peak) —スリーパーダ(アダムスピーク)—
スリーパーダは聖なる足跡を意味します。中央高原地帯のサマナラカンダと呼ばれる場所にある標高2,243mの山の頂上にスリーパーダが残されています。仏陀は3度目のスリランカ訪問の際、ケラニヤ寺院のみならずその他13の地を巡られました。ケラニヤ寺院を訪れた仏陀は、サマン・ガウサマと呼ばれる神様の招待によって山の頂上を訪れ、足跡を残したとされています。

スリーパーダへは12月の満月の日から4月の満月の日の間に訪れるのが良いとされています。また、スリランカの仏教徒は一生のうち必ず一度はこの聖なる山に登ることを進められます。

Diwaguhawa (Batatota) —ディワーグハーワ(バタトータ)—
山の頂上に足跡を残した仏陀は、山から90m離れたディワーグハーワあるいはバタトータと呼ばれる洞窟でお休みになられたとされています。この洞窟はクルガラという街にあり、街の周辺にはいくつかの考古学的な遺跡も残されていることから、巡礼者によって神聖な場所であったということが明らかとなっています。

Deegawapiya Viharaya —ディガワーピヤ仏塔—
この仏塔は、パッティカロアから50km程は慣れたアンパーラ地区にあります。仏陀は他の聖者と共にここで静かな日々を過ごしたとされています。仏塔は、紀元前2世紀にサッダーティッサ王によって建てられました。現在は、仏塔と寺院の跡のみ見る事ができます。

Muthiyangana Raja Maha Vihara —ムティヤンガナ仏塔—
仏陀が訪れた16カ所の聖地の1つはバドゥッラ地区に位置しています。紀元前3世紀にこの地で60人の僧侶たちが同時に仏教徒として高い地位に到達したと伝えられています。この仏塔は、デーワーナムピヤ・ティッサ王によって建てられ、後にデチュティッサ王によって拡大されたとされています。

Tissamaharama Raja Maha Vihara —ティッサマハラーマ仏塔—
仏陀は、ティガワーピヤ仏塔と同様、この地で静かな時間を過ごされたとされています。仏塔は紀元前2世紀にカーワンティッサ王によって建てられました。この仏塔には、仏陀の頭の遺骨が納められているとされています。これらの遺品は金の立像の頭にはめられ、仏塔の中に納められています。この仏塔には、仏歯も納められているという言い伝えもあります。この仏塔は1990年に復元されたものとなっています。

Sri Maha Bodhi —スリー・マハー菩提樹—
紀元前3世紀デーワナムピヤ・ティッサ王の時代に王女サンガミッタが、仏陀が悟りを開かれた菩提樹の分け木を持ってスリランカへ訪れます。歴史的な資料によると、現存する最古の木であるとされています。この木はアヌラーダプラにあり、仏陀が滞在した場所の中でも最も申請な場所とされています。スリランカで最も崇拝すべき聖地の一つとされています。

Mirisawetiya Vihara —ミリサウェティヤ仏塔—
アヌラーダプラ近郊で仏陀が訪れた場所の内の一つです。エラーラ王に勝利したドゥトゥゲムヌ王がこの仏塔を紀元前2世紀に建てたとされています。仏陀の遺品である尺を残したまま、ティッサウェーワへと水浴びに行ったドゥトゥゲガムヌ王がこの場所に戻ると、尺がそのままの形で残されているのを見つけます。王はこの尺は他の場所に移す事はできないと考え、この地に仏塔を建てたとされています。

Ruwanwelisaya —ルワンウェリ・サーヤ大塔—
この仏塔は別名スワルナマーリ・ダーガバ、ラトゥナマーリ・チャーティヤとも呼ばれ人々に知られています。ここもまた、仏陀がアヌラーダプラで訪れた最も神聖な場所の一つであるとされています。この仏塔は紀元前2世紀にドゥトゥゲムヌ王によって建てられました。記録によれば、この仏塔の中には貴重な宝石や金の仏像、数々の遺品が納められていたとされます。仏塔は四角い塀に囲まれており、この塀には1,900頭の象が彫られています。1辺には475頭の象が彫られています。10世紀にパラークラマーバフ王によって改修されました。

Thuparamaya —トゥーパラーマヤ—
トゥーパラーマヤは紀元前3世紀に仏陀が訪問されたとされる神聖な場所に、デーワナムピヤ・ティッサ王が建てた最初の仏塔です。記録によれば、この仏塔はスリランカで初めて建てられた仏塔であるとされ、中には仏陀の遺品が納められていたとされています。現在実際に見られるのは、1862年に修復されたものです。

Abhayagiri Vihara —アバヤギリ大塔—
この仏塔は紀元前1世紀に仏陀が訪れたとされる地にワラガムワ王によって建てられました。アヌラーダプラで最も神聖な場所の一つです。この寺の建造物は500〜600エーカーという広い地区に散らばり、5世紀にはここに5,000人の僧侶が住んでいたと言われています。仏陀の遺品は厚い金で作られた雄牛の中に納められていると言われています。文化三角地帯の発掘に伴い、この仏塔の屋根に聖なる足跡が残されている事が明らかとなりました。この足跡の彫り物は、よくある突き出した形のものではなく、柔らかい粘土に刻み込まれたかのようにへこんでおり、まるで本当の人の足跡のように見えます。仏陀がこの地を訪れた証として、この足跡は丁寧に保存されています。

Jetavanaramaya —ジェータワナラーマヤ—
スリランカで最も大きいこの仏塔は、3世紀マハーセナ王の時代に建てられました。仏陀の肩骨の一部がこの仏塔に納められたと信じられています。この仏塔は世界で最も大きい塔と考えられています。
Sela Chetiya —セーラ・チェーティヤ—
セーラ・チェーティヤはミヒンタレーの丘の上にあります。この仏塔は、マカランティッサ王によって建てられたと言われ、山の頂上近くの平地にあります。ここは、デーワーナムピヤ・ティッサ王がアショーカ王の息子マヒンダに会った場所でもあります。セーラ・チェーチィやの場所はアムバスタレー大塔によって示されています。

Kiriwehera Maha Seya —キリウェヘラ—
この仏塔は、10世紀にスバッドゥラ王女の要請でパラークラマーバフ王によって仏陀が訪問した地に建てられました。カタラガマに残されています。仏陀の遺品が納められ、スリランカの仏教徒が訪れる最も神聖な寺院の一つとされています。




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